12日の「檜枝岐歌舞伎の伝承者たち」(BS)

■7月12日(日)、BS日テレ、「檜枝岐歌舞伎の伝承者たち」

農村歌舞伎のドキュメンタリーです。BS日テレ4Kでも放送されます。以下、番組サイトからの引用です。

独自の文化が息づく秘境檜枝岐村。
村人は江戸時代から伝承してきた手作りの歌舞伎を今も大切に守り続けている。
娯楽が少なかった時代に村民を楽しませた歌舞伎は、今、県内外の観光客をも魅了している。
ことしは、3人の女性が初舞台を踏む。
雪が降り積もる真冬の夜から練習を重ね、春・夏の公演に挑む。

KTV「芸能人が本気で考えた!ドッキリGP オール新作!テレビが戻ってきたぞSP」、2020年6月20日放送

カンテレ6月20日放送「芸能人が本気で考えた!ドッキリGP オール新作!テレビが戻ってきたぞSP」にて、強制的に2択の泥んこ○×クイズに挑戦させて正解・不正解どちらでも泥落ちになるドッキリ「秒で2択クイズ」が久々にあり、今春AKB48を卒業予定だったが延期になっている峯岸みなみが泥んこになっていました。服が泥まみれになり、顔にもまだらに泥が付いています。

泥に突っ込んだ峯岸みなみは「自粛明けには応えますね、久しぶりの洗礼です」とコメントし、スタッフから「峯岸さんてもうこういう路線なんですか?」と聞かれて、「違いますよ!」と答えていました。Twitterに収録後の写真が掲載されています。

19日に流れていた短い番宣CMにはこのシーンはなく、番組サイトやEPGの情報でも触れられていませんでした。セット利用の効率性からすると、他にも何人か収録している可能性があり、今後しばらくは予告の有無に関係なく要チェックかと思います。


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25日の「虹のコンキスタドールが本気だしました!?」#12(BS)

■6月25日(木)、BSイレブン、「虹のコンキスタドールが本気出しました!?」#12

アイドルグループ「虹のコンキスタドール」のバラエティ番組です。6月18日放送の#12は運動会企画「虹マジピック」の前半戦でした。次回予告によると#12の後半戦で飴食いがあるかもしれません。粉が入っていると思われるトレイに顔をつっこむところが映っていました。カメラの角度が微妙で、粉がはっきりとは映っておらず、粉顔のシーンもなかったため、念のため不確定情報のほうにしておきます。

放送日までにYouTubeのBSイレブン公式チャンネルにも予告動画が出ると思います。

NHK教育テレビ「土曜倶楽部」1988年5月放送他、古い干潟番組をまとめてご紹介(2020年6月ご提供分)

先日、コレクターの方から、1980年代後半~1990年代前半に放送された干潟を取り上げたいくつかの番組の詳しい情報をいただきました。まとめて紹介させていただきます。(ありがとうございます!)

●日本テレビ「徳光和夫のTVフォーラム」、1987年5月放送
(画像1~22)

1984年から1988年にかけて日本テレビ系列で毎週日曜午前に放送されていた情報番組です(Wikipedia)。サブタイトル「最後の干潟 有明海の謎」の回で、有明海の干潟が取り上げられました。リポーターが第3回鹿島ガタリンピックに参加するVTRもありました。

●NHK教育「土曜倶楽部」、1988年5月28日放送
(画像23~119)

1987年から1990年にかけてNHK教育テレビで毎週土曜夜に放送されていた若者向け教養番組です(Wikipedia)。NHK福岡放送局の制作で「変身・人間ムツゴロウ~有明海・干潟体験~」という回がありました(NHKアーカイブスの番組情報)。

番組レギュラーの一般人の若者が「体験隊」としてテーマごとに体当たりの取材をするのがフォーマットのようで、4人の女性・男性が実際に有明海の干潟を訪れ、第4回鹿島ガタリンピックに参加したり、ムツゴロウやワラスボの伝統漁に挑戦したりしていました。ガタリンピックでは「潟スキーマラソン」という競技があり、トップが10分少々のタイムだったのに対して最下位の競技者はゴールに50分ほどかかっていましたが、その間他の競技は進行していたのでしょうか。

VTRの冒頭、「体験隊プロモーションビデオ 泥の海でこれがやりたい」という部分があり、体験隊の一人が泥に顔をつけて泥パックしていました。

また、スタジオにも土と水で泥場を設けるというちょっと変わった趣向でした。干潟を取材したメンバーの他に大勢のレギュラー出演者がいて、泥に寝転ぶ出演者もいましたが、出演者の多くはあまり泥を触っていなかったようです。

●テレビ朝日「独占!女の60分」、1991年放送
(画像120~171)

●テレビ朝日「お昼の独占!女の60分」、1992年放送
(画像172~202)

「独占!女の60分」は、テレビ朝日で1975年から1992年にかけて土曜昼(末期は平日)に放送されていた主婦層向けのバラエティ番組です(Wikipedia)。関西の朝日放送では末期以外はネットされていなかったようです。この番組では「アタッカー」と呼ばれるリポーターが様々な体当たり取材をするのが売りで、ガタリンピックの参加は毎年恒例だったそうです。過去のクリップ集の記事にも登場しています。

現在の大会では、取材であっても1人の参加者がエントリーできる競技はプログラム上連続しない形で2つ程度かと思います。そのため大会全体への挑戦という形で特集する場合には、複数人でチームを組んで様々な競技に参加するパターンが多いかと思います。しかし1991年の「女の60分」では1人で大半の競技に参加しているように見えます。

また、1992年のニュース2本もご提供いただきました。

●FNN系列のニュース、1992年放送
(画像203~209)

●NHKのニュース、1992年放送
(画像210~216)

以上です。第1回のガタリンピックが1985年ですので、最初の2本の番組「徳光和夫のTVフォーラム」・「土曜倶楽部」が放送された1987~1988年あたりは、有明海の泥干潟のレジャー利用が始まった初期にあたります。いずれの番組もこれまで他のクリップ集で見かけたことがなかったので、大変貴重だと思いました。

この時期、ガタリンピックや干潟体験はニュースや情報番組の取材ネタとして今以上に新鮮だったと思いますので、全国ネットだけではなく、地方局でまだ発掘されていないシーンがあるのではないかと思います。特に地元の佐賀や隣県の福岡のローカル番組に関しては、この時期に限らず、ごく最近に至るまで、未だ紹介されていないシーンが数多くありそうな気がします。もし未発掘と思われるシーンをお持ちの方がおられましたら、是非ご一報いただければと思います。

また、当時はネット時代の今と比べると、取材ではなくごく一般の方が遠方から地方の町おこしイベントに行くというのは情報の面でも心理的な面でもかなりハードルが高かったのではないかと思います。これまでお会いした方の中では、1995年に参加されたという方がもっとも早期でした。ブログをご覧の方で、1980年代から90年代前半の頃に生で大会の参加や観戦に行かれたという方がおられましたら、是非体験談を伺えるとありがたいです。


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