東京大学を中心とする学生映画制作チーム「I2U」による自主映画「干潟の空に出会って」が、1月3日からYouTubeで公開されています。有明海の干潟でもロケが行われ、登場人物が干潟に入るシーンがありました。以下、ネタバレを含むのでご注意ください。(ゲストブックでもたびたびお知らせいただきました。ありがとうございます。)
仕事に追われる都会住みの女性(志枝、演じるのは藤山遥)が、ある事情から佐賀に短期滞在することになり、滞在先に住んでいる地元の高校生(陽菜、演じるのは愛純百葉)のマイペースな生き方に振り回されたり衝突したりしつつ、心を通わせるようになるというストーリーです。
終盤、2人が干潟に入るシーンがあります。家出して海岸で一夜を明かした陽菜を志枝が見つけますが、陽菜はサンダル履きの私服姿のまま目の前の干潟に入って行き、泥の上で寝そべって泣き出します。心配した志枝も干潟に入り、陽菜を抱きしめて、本心を吐露し和解します。顔までまみれる展開はありません。
キャラクター設定として、陽菜は普段から干潟に慣れ親しんでいるようで、冒頭とエンディングでは制服姿で干潟の中を歩いているシーンがあります。靴のまま干潟に入るのか、泥にまみれたスニーカーが家の玄関に脱ぎ捨てられていたりします。セリフにもたびたび干潟が出てきます。
フィクションとドキュメンタリーいずれでも見かける、海が身近にあるところに住む中高生が私服や制服のまま海に飛び込んではしゃぐようなメンタリティーを、干潟に置き換えてみたような感じでしょうか。ロケは佐賀県内のいくつかの場所で行われたようで、干潟に入るシーンに関しては鹿島市の体験場かと思います。作中では、そこが体験場であるという描写はなく、「主人公は身近にある干潟に日常的に親しんでいて、水遊びのように気軽に入って行く」という感じの描かれ方をしています。とてもユニークで魅力的なキャラクター設定だと思いました。
現実世界では、干潟の中に裸足や脱げやすい履き物で入ると、貝殻を踏んでざっくり切ってしまうおそれがあり、それを知っている地元の人ほど、むしろカジュアルに干潟に入って行くことはないかもしれません。今回の主人公のような人はなかなか実在しなさそうなのが残念です。(念のため補足しますと、映画が現実に沿っていないから残念だと言っているのではなく、現実世界には映画のような魅力的なキャラクターの存在を妨げる要素が多くて残念だという意味です。)
これまで干潟で泥んこ遊びするシーンが登場する映画やドラマは少なく、たいへん貴重だと思います。撮影の段取りとしても、出演者が干潟に入るのは、海水に飛び込むよりもさらに前後に様々な手間が増えますので、その点でも挑戦的だと思いました。
はじめまして。「干潟の空に出会って」で監督を務めました荒木です。 私たちの映画を取り上げていただき、本当にありがとうございます!
記事を拝見し、干潟に入るシーンの意図やキャラクター設定をここまで深く読み取っていただけたことに驚き、制作メンバー一同、大変感激しております。
ご指摘の通り、撮影現場では安全に配慮しつつも、現実の制約を超えて「干潟が生活の一部にある少女」をどう表現するか試行錯誤しました。衣装や靴の汚れ、撮影後のケアなど、スタッフ・キャスト共に体当たりで挑んだシーンですので、そこを「貴重な描写」と評価していただけて救われる思いです。
現実には、地元の方でも裸足で入ることは稀ですし、主人公・陽菜のように日常的に入る人も多くはないかもしれません。しかし、佐賀で育った私自身、自転車を漕いで(遠くて大変でしたが)干潟へ行き、そこで「自分だけの世界」を感じていた原体験がありました。
本作は全体を通して、「都会の志枝と田舎の陽菜」「大人の志枝と高校生の陽菜」「自然と人工」という複数の対比軸で構成しています。あの干潟という場所は、人工の堤防と自然の境界線であり、まさに「大人と子供の境目」にいる陽菜を比喩として表せる空間だと考え、ロケ地に選びました。
こうして深く考察していただける方に出会えたことを、心から嬉しく思います。 これからも多くの方に届くよう発信していきますので、引き続き応援いただければ幸いです。
はじめまして。制作者様に記事をご覧いただきまして、大変恐縮です。コメントありがとうございます。
自主映画では予算も人手も限られることと拝察しますが、とてもチャレンジングな内容とロケーションでありつつ、1カット1カットが丁寧に作られていることに感心しました。制作にはご苦労も多いかと思いますが、今後のご活躍を願っております!