Top > Works > 動画撮影カメラを振り返る 第1回 (2023年1月21日掲載)
このサイトを開始してから現在に至るまでのあいだに、民生用の動画撮影機材を取り巻く状況は大きく変化しました。2005年には、ある程度の長さの動画を撮ろうと思えばビデオカメラを買うのがほぼ唯一の選択肢でしたが、現在は、スマートフォンでも手軽に動画が撮れますし、本格的に動画作品を制作したい場合は動画機能に強いデジカメから機材を選ぶ人が増えています。2022年現在、国内のビデオカメラの出荷台数は最盛期に比べ大幅に減少しています。
一時期強固な需要があった製品ジャンルが時代の変化によって衰退したり消滅するという事例はおそらく数多くあると思いますが、ビデオカメラに関しては関心を持って注視していただけに、一連の市場の変化がひときわ興味深く感じられます。サイトではときどき作品紹介ではなく動画撮影に関連する技術的なテーマの記事も掲載してきましたが、そういった変化を俯瞰してまとめるような記事も作成しておこうと思いました。
そこで、記事を何回かに分けて、これまで使ってきたビデオカメラやデジカメなど動画撮影カメラを振り返りつつ、どのような時代背景があったのかを今の視点で整理したいと思います。私は映像業界の専門家ではなく、民生用のごく一部の機器しか扱ったことはありません。すべてアマチュアの一消費者からの視点となります。動画やキャプチャ画像もところどころに添えていますが、すでに掲載済みのものが中心です。もし、ご自身でも撮影をされていてこういった機材の話や回顧(あるいは懐古)的な話題がお好きな方がおられましたら、メールやTwitterで、こんなカメラを使っていてこんな思い出がある、みたいなお話をお寄せいただけますと、大変参考になります。
第1回は、このサイトの開始前から開始直後くらいの時期に相当する2003年~2005年頃に使っていたビデオカメラを取り上げます。その頃はDVビデオカメラが主流でしたが、DVフォーマットの最大の意義は、民生用における動画のデジタル時代の幕開けという一点に尽きると思います。
このサイトで扱っている内容に関連することで、私が最初にビデオカメラを使って撮影したのは、2003年の泥んこイベントでした。このときは撮影に関するノウハウは何もなく、実際に観戦に行かれた経験者の方からお聞きした撮影リポートと助言だけが頼りでした。イベントの雰囲気も楽しかったですが、それに加え、自分だけのオリジナルの動画を撮るのはとても楽しいということを知りました。
このときに使ったビデオカメラは、DV規格のソニーの縦型ハンディカムDCR-PC7です。撮影が初めてで、機材については比較の対象もなく、使い勝手には特に不満は感じませんでした。三脚か一脚がなかったら手ぶれするよ!というアドバイスを伺っていたので、一脚を持参した記憶があります。
翌年には、イベントではなく、初めてモデルさんに依頼して室内撮影を行いました。そのときも同じビデオカメラを使いました。ホテルの部屋はたいてい薄暗いので何か照明があったほうがいいということを学び、2回目以降はビデオライトも持参するようになりました。
ビデオカメラにも採用されたDV規格は1994年に策定されました(Wikipedia「DV (ビデオ規格)」) 。それまで民生用で主流だった8ミリビデオ規格と異なる最大の特徴は、DV規格は記録信号がデジタル化されていることです。8ミリビデオに比べてかなり小型のMiniDVビデオカセットテープに、標準画質(SD画質)で60分の動画をデジタル記録することができました。民生用ビデオカメラのデジタル化は、写真の世界に比べても先行していて、画期的なことでした。デジタル化により、劣化の少ない信号処理が可能になり、パソコンとの親和性が高まります。
私は8ミリビデオカメラは使ったことがありませんが、撮影を始める前に、テレビ番組録画のためにVHSとS-VHS、さらにDV規格のビデオデッキを使っていました。S-VHSはVHSに比べると綺麗でしたが、それでもオンエアそのままの画質というわけではなく、これは録画したものだな、ということが判別できました。しかしDVで録画するとオンエアの画質をほぼそのまま維持することができ、番組録画を通じて、映像信号の受け皿という点でのDVフォーマットの威力をよく知っていました。デジタルデータは無劣化のダビングができるのも大きなメリットで、撮影データあるいは番組録画データを編集して、画質を損なうことなく編集結果を書き出すことができます。編集方法の変遷に関しては、後日記事を改めてまとめたいと思います。
もっとも、デジタル化されたとは言えSD画質の範疇ですので、35ミリフィルムが主流だった写真の世界に比べると、画質にはまだまだ大きな開きがありました。
ビデオカメラは、当時から今に至るまで、1/3型~1/6型くらいの超小型イメージセンサーが主流です。イメージセンサーとは、レンズで捉えた光を電気信号に変換する、ビデオカメラやデジカメの心臓部分にあたる装置で、当時はCCD、現在はCMOSという半導体素子が主流です。「○型」という数値は、センサーの受光部分の面積の大きさを表しています。「1/3型」の場合、横・縦が4.8mm x 3.6mm程度です。
スモールセンサーの利点の一つは、被写界深度が深い(背景があまりボケない)ため、少々ピントがはずれても大して気にならないことです。記録解像度がSD画質の場合はなおさらです。たとえば、下記の場面は、手前の鏡と後ろのモデルさんの顔とのあいだに少し距離がありますが、どちらもピンぼけしていません(「メイク・初期撮影分#2」より)。
同じ構図をラージセンサーのデジカメで4K撮影してピントが手前の鏡に来てしまうと、ある程度レンズの絞りを絞っていても顔はピンぼけして、さらに高画素記録のせいでピントが合った部分とそうでない部分の解像感の違いも際立ちます。
今思い返すと、SD画質のビデオカメラを使っていた頃は、オートフォーカスの挙動の善し悪しを気にする機会はほぼなかったような気がします。
初めて撮影に使ったソニーのハンディカムは、自分で買ったものではなく、親戚からもう使う機会がないからと譲り受けたものでした。このように、当時のビデオカメラは、一家に一台というほど普及はしておらず、しかも、旅行用や家族のイベント用に買ったけど何度か使ったきり日常的に使う習慣には至らず放置される、みたいなパターンもありがちな家電製品でした。写真趣味に比べると動画趣味の人口は圧倒的に少なく、SNSにアップロードするという非常に身近な需要も当時は存在しなかったため、その後ビデオカメラの需要がスマートフォンに奪われていくことになる遠因はこの頃から存在していたと思います。
インターネットの普及に伴って生じた、あるいは拡大した需要の一つが、いわゆる同人的な、少し特殊なジャンルの動画を作るためにビデオカメラを買うというものだったと推測しています。需要全体に占める割合としては大きくなかったかもしれませんが、少なくとも私自身がビデオカメラを使い始めた動機はそういった経緯に当てはまります。ただ、そうした作品制作系の需要も、後にデジカメの動画機能に奪われていくことになります。
また、ある程度カメラ歴が長くて現在動画を撮っている方は、最初の入り口がビデオカメラだった人と、最初は写真をメインに撮っていたけどデジカメの動画機能の向上に伴い動画も撮るようになった人、という形で大きく2パターンに分けられるような気がします。後者の方々にとっては、ビデオカメラは最初から選択肢にはなかったでしょう。
ともあれ、ビデオカメラの販売台数が急減していくのはもう少し先の話ですので、まだしばらくはビデオカメラを使用する時代が続きます。
使用時期:2003~2005年
製品ジャンル:民生用ビデオカメラ
メーカー・機種名:ソニー DCR-PC7
有効センサーサイズ・有効画素数:約1/4型 34万画素 CCD
レンズ焦点距離(35mm判換算焦点距離):4.0~40mm (換算38~380mm)
規格:DV
記録メディア:MiniDVビデオカセットテープ
動画圧縮形式:DV圧縮 (イントラフレーム圧縮)
記録画素数:720x480
フレームレート:60i (インターレース)
ビット深度・色信号:8bit 4:2:0
動画ビットレート:25Mbps
音声記録形式:リニアPCM
※センサーサイズは仕様表のレンズ焦点距離と35mm判換算焦点距離から算出したもので、カタログ記載のセンサーサイズとは異なります。以下、この基本情報の欄については同様です。
2003年6月に初めてイベント撮影、2004年4月に初めてモデルさんでの依頼撮影をしましたが、ちょうどその頃、テレビ放送で大きな変化がありました。2003年12月、近畿広域圏と関東広域圏の一部地域で始まった、地上デジタル放送、通称「地デジ」です。放送開始当初の関東の送信エリアはだいぶ狭く、地デジを受信できた家庭はかなり少なかったようですが、近畿では最初から比較的広い範囲で受信可能で、私の住んでいた地域もカバーされていました。それに加えてたまたまテレビの買い換え時期が重なり、地デジ・BSデジタル対応ハイビジョンテレビを買ったことで、地デジの放送開始から視聴することができました。
地デジの放送開始当初はSDからのアップコンバートが多く、ハイビジョンのコンテンツの主役は2000年に放送が始まったBSデジタルのほうでした。BSデジタルのNHKはほぼすべてハイビジョン制作で、従来の地上アナログの番組とは比較にならない綺麗さに感動しました。こうした中で、早くも、自分の撮影でハイビジョン撮影を試したい!という関心が起こりました。
折しも、2003年、ビクターが初めて民生用の720P(記録解像度1280x720、プログレッシブ30fps)のハイビジョンビデオカメラGR-HD1を発売しました(AV Watchのレビュー)。ビデオカメラのレンタルサービスで短期間の利用が可能であることを知り、撮影経験が浅いにもかかわらず、2004年5月、GR-HD1をレンタルして、2回目・3回目の依頼撮影と、2回目の泥んこイベント撮影で使ってみました。
フルHDではありませんが、SDに比べるとさすがに精細でした。とは言え、今改めて見ると、センサーの感度(暗いところでもノイズが少なく撮れるかどうか)がいまひとつで、最新のスマートフォンの720Pのほうがもしかしたら綺麗かもしれません。当時使っていたパソコンでは720Pの動画はスムーズに再生・編集できなかったため、GR-HD1のカメラ本体の機能でSDにダウンコンバートして出力したものをパソコンに取り込み編集しました。
GR-HD1はどちらかというと業務用に寄った機種で、本体が高価で購入には至りませんでしたが、もっと低価格の一般向けのハイビジョンビデオカメラが発売されたら入手したいものだ、と思いました。
いずれも「(参考)2004年のGR-HD1」で掲載済みです
ビクターGR-HD1は、2003年に登場したHDV規格に基づくビデオカメラです(Wikipedia「HDV」)。HDVは、DV規格と同じMiniDVテープに、MPEG-2圧縮の1080iまたは720Pのデジタルハイビジョン映像を記録するものです。従来、ビデオデッキやビデオカメラの新たな規格は、記録メディアとなるビデオカセットの形状やテープへの磁気の記録パターンが従来とは異なるのが通常でしたが、HDVは、磁気の記録パターンも含めた物理的な構造はDVと同じまま、書き込むデジタルデータの中身だけが異なるのが特徴でした。
2006年に登場するAVCHDはテープメディアを採用せず、HDVは記録メディアにビデオテープを採用した最後の民生用ビデオカメラの規格になりました。
使用時期:2004年
製品ジャンル:民生用ビデオカメラ
メーカー・機種名:ビクター GR-HD1
有効センサーサイズ・有効画素数:1/3.2型 84万画素 CCD
レンズ焦点距離(35mm判換算):5.2~52mm (40.3~403mm)
規格:HDV
記録メディア:MiniDVビデオカセットテープ
動画圧縮形式:MPEG-2 (フレーム間圧縮)
記録画素数:1280x720
フレームレート:30P
ビット深度・色信号:8bit 4:2:0
動画ビットレート:19Mbps
音声記録形式:MPEG1 Layer2 (MP2)
ビクターの720Pカメラが従来のビデオカメラと異なる特徴の一つが、プログレッシブ記録でした。DV規格はSD画質のブラウン管テレビでの表示を前提にしているため、当然、インターレース方式(飛び越し走査)での記録です(Wikipedia「インターレース」 )。
インターレースは、ごく単純化して言えば、「1秒60フィールドで描画、ただし各フィールドは走査線(画像を構成する横方向のライン)を半分に間引く」という方式です。最初のフィールドでは全部の走査線のうち奇数番目の部分だけを走査、次のフィールドでは偶数番目だけを走査…という形式で、「2つのフィールド」で「1つのフレーム」が完成する仕組みになっています。1フィールドは独立した静止画ではなく、且つ、2つのフィールドを単純に合体するだけではその1フレームは静止画としては正常な見え方にはなりません。そのため、静止画キャプチャの際にインターレース解除という一種の情報補完の工程が必要になります。それに対して、単純に完全なフレームの連続で記録するのがプログレッシブ(順次走査)です。
その昔、20世紀前半にテレビ放送の信号の規格が検討された際、ブラウン管テレビで単純にプログレッシブの30fpsで描画すると人間の目にチラつきが感知されてしまい、かといってプログレッシブの60fpsにすると放送の際に必要な電波の帯域が倍になってしまう(限られた電波の帯域でチャンネル数を多く確保するためには1チャンネルあたりの信号の帯域は狭いほうが望ましい)という二律背反がありました。信号の帯域を広げずにチラつきも抑える解決策として、インターレースが採用されたそうです。
私は、テレビ番組の録画から静止画キャプチャしたときになるべく細かな質感を読み取りたいという好みがあり、それが転じて、ビデオカメラで撮る動画も映画のように写真の連続であってほしいという願望を持っていました。インターレースという仕組みが、写真と動画の垣根を高くしているもののように思えて、プログレッシブで撮れるビデオカメラがあったら試したいと思っていました。ビクターの720Pカメラはフレームレートが30Pで、インターレースの60i記録に比べると動きの滑らかさはやや落ちますが、インターレース解除せずに1フレームがそのまま静止画キャプチャできるのは新鮮でした。
そうした中で、2005年に新しいDVビデオカメラの購入を検討した際、30Pのプログレッシブで撮れるビデオカメラとして目にとまったのが、パナソニックのNV-GS400Kという機種でした。ただ、このカメラの30Pモードは「フィルムモード」という機能の一部で、色調が強制的にシネマトーンのような少し暗い感じにされてしまうため、ぱっと見の派手さやコントラストには欠ける感じでした。「泥んこ体験2005」はGS400Kで撮りましたが、全体にやや薄暗い色調です。基本的に、この時代のDVビデオカメラは様々な面でインターレースに最適化して設計されており、プログレッシブを試すのは時期尚早だったかもしれません。
当時、コンパクトデジカメに付いていた簡易的な動画撮影機能ではむしろ30Pのほうが普通でしたが、2000年代半ばはまだビデオカメラの動画のほうが高画質で、動画目的でデジカメという選択肢は2005年時点ではまったくありませんでした。
ちなみに今でも地デジやBSデジタルはインターレースの映像信号が伝送されていて、DVDも映画を除くとインターレース記録ですが、液晶テレビ・有機ELテレビではインターレース信号はすべてプログレッシブ信号に変換されています。パソコンでインターレース動画を再生すると、自動的にプログレッシブ変換されて表示されますし、YouTubeにインターレース動画を投稿すると、プログレッシブに変換されてエンコードされます。映像信号の方式としては大変身近に存在しているにもかかわらず、日常生活でネイティブなインターレース方式による描画の映像を目にする機会はほぼありません。
被写体の動きが大きいインターレース映像をインターレース解除するとき、前後の1セットのフィールドを単純に合体させるだけでは、輪郭部分に櫛形のノイズが発生して正常な静止画を得られません。そこで、飛び越し走査した欠落部分を補うには、上の走査線を参照するのがよいか、次のフィールドの該当部分の走査線を参照するのがよいか、そのシーンごとに動的に対応できる、賢いアルゴリズムで補完させる必要があります。たいてい、編集ソフト任せの設定で気にならないと思いますが、エンコードに凝る人の中には、解除方法にこだわる方もいるそうです。
また、インターレースには、素材によって「トップフィールド優先」と「ボトムフィールド優先」の2種類があります。DVビデオカメラは「ボトム優先」で、それ以外はたいてい「トップ優先」だそうです。通常は編集ソフトで読み込んだときに自動判定されますが、判定が誤っている場合、インターレース解除の結果がおかしなことになります(EDIUSWORLD「インターレースとフレームレート」)。地上波の番組を見ていると、SD時代のVTRを素材として使う際に、インターレース解除の設定に失敗したことに起因すると思われる盛大な櫛形ノイズが見受けられることがあります。このように、インターレースの素材を扱うのはけっこう面倒です。
使用時期:2005~2006年
製品ジャンル:民生用ビデオカメラ
メーカー・機種名:パナソニック NV-GS400K
センサーサイズ・有効画素数:約1/5.6型 70万画素 × 3CCD
レンズ焦点距離(35mm判換算):3.3~39.6mm (44.5~534mm)
規格:DV ※フレームレート以外はDCR-PC7と同じくDV規格準拠
フレームレート:60i (インターレース)、30P (プログレッシブ)
これより以下はさらに余談になります。第2回に移る前に、DVビデオカメラについてもう少し考察してみます。
DV規格の策定は1994年、最初のDVビデオカメラの発売は1995年ですが、当時、パソコンは現在ほど普及しておらず、本格的に動画を扱えるほど高性能ではなかったため、動画の表示デバイスはブラウン管テレビ一択でした。そのため、デジタル化はされているが、パソコンでの表示はほぼ考慮されていない規格だったと思います。
たとえば、DV規格では記録解像度は640x480ではなく720x480ピクセルで、パソコンでアスペクト比の補正なしに映すと、本来よりやや横に伸びた映像になります。横方向の720ピクセルという数字は、1980年代に登場した放送用デジタルVTRに倣ったもので、パソコンで表示したときに1ピクセルが正方形になるかどうかは考慮されていませんでした。しかも、720ピクセルのうち左右8ピクセルは、「パソコン上のデータには存在しているけどテレビに映したときには表示されない無効領域」となっています。これは、DV規格や放送用デジタルVTRの映像信号が、ブラウン管テレビに映すためのブランキング期間を含む映像信号を時間方向全体に渡ってデジタル化していることに起因するようですが、このあたりは詳しく説明すると大変ややこしいため、「TMPGEnc-LABO(研究所)知っておくと便利なこと」などをご参照ください。
その頃は、DVビデオカメラを見たりダビングする際には、テレビやVHSビデオデッキにアナログケーブルで接続するのが主流でした。アナログ接続の際には、ユーザーはこういったピクセルアスペクト比や無効領域を意識する機会はありません。DCR-PC7の取説の仕様表には、記録解像度が720x480だという記載はありません。アナログ接続が前提の時代には、記録解像度はユーザーが意識する必要のない数字でした。
このように、インターレースにせよ無効領域にせよ、ビデオカメラの動画をパソコンで扱うときにややこしい要素の原因を辿ると、たいていの場合、ブラウン管テレビの仕組みと、ブラウン管テレビでの表示を前提にしていた放送波の規格に由来します。
今のように液晶画面とパソコンが広く普及する前の時代は、家庭内の動画コンテンツは様々な意味でブラウン管テレビに支配されていました。単にコンテンツの主要供給源がテレビ放送だったという点だけではなく、動画の画質や伝送方法・表示方法は、標準画質のブラウン管テレビに表示できるアナログ映像信号の守備範囲外には一歩も出られない、という技術的な制約がありました。ビデオデッキをテレビに接続するときに黄・赤・白の3本セットのケーブルを使っていたのをご記憶の方も多いと思いますが、極端に言えば、「そのケーブルでブラウン管テレビに映せる信号」という制約があったわけです。そのため、民生用ビデオカメラのデジタル化に際しても、いきなり高解像度を志向するのではなく、必然的に標準画質の映像信号のデジタル化からスタートすることになります。民生用ビデオカメラの記録解像度を上げるには、その前提としてハイビジョンテレビの普及を待つ必要がありました。
他方、2000年前後あたりから写真のほうもデジタル化が進みますが、写真の場合、当初もっとも大切なアウトプット先は紙へのプリントでした。紙に印刷する場合、L版のような小さなサイズでも、720x480=34万画素程度ではまったく解像度が足りず、デジタル化の初期から、200万画素、400万画素とどんどん高画素を志向していくことになります。
パソコンとの親和性に関しても、写真の場合はパソコンの要求スペックが動画ほど高くないことが有利に働きます。当時はパソコンの表示モニターもブラウン管が主流でしたが、パソコン用ブラウン管モニターはインターレースではなくプログレッシブスキャンによる表示で、解像度も1024x768ピクセルに対応するなど、テレビより高性能でした。さらに画像データと表示デバイスのあいだにOSや様々なアプリケーションソフトが介在します。写真の場合は、パソコンの介在を前提にすることで、「ブラウン管テレビの映像入力端子に標準画質のアナログ映像信号を映す」場合よりもはるかに自由度が高い形で、様々な記録画素数のデジタル画像データを扱うことができました。
DV規格の後に登場するHDVやAVCHDは、動画の圧縮方法に、複数のフレームをまとめて圧縮する「フレーム間圧縮」の技術を採用することで、ビットレートの膨張を抑えつつ、ハイビジョン画質を実現しました。DV規格はフレーム間圧縮の技術が一般的になる前に登場したため、1つのフレーム内で圧縮が完結する「イントラフレーム圧縮」を採用し、SD画質としては高めの25Mbpsというビットレートを消費します。
フレーム間圧縮には、被写体の動きが激しかったり細かくランダムに動いたりするとブロックノイズと呼ばれるモザイク状のノイズが発生する弱点がありますが、DVのようなイントラフレーム圧縮の場合は、ブロックノイズの心配はありません。その点はHDVやAVCHDにはないDV規格の長所でした。
最近、動画志向のデジカメには、動画をより高画質に記録するオプションとしてイントラフレーム圧縮や通常より高いビットレートを採用するものが増えています。DV規格はその時代の技術的制約の産物であって、DVが時代を先取りしていたということは全然ないのですが、年月を経て、デジカメ動画の高画質化のトレンドが再びイントラフレーム圧縮や高ビットレートに回帰してきたのは興味深いです。
スモールセンサーのビデオカメラの世界には、高画質化の技術の一つとして、1台のカメラに3枚のイメージセンサーを搭載する「3板式」(3CCD・3CMOS)があります。通常のビデオカメラやデジカメは、CCDやCMOSなどイメージセンサーを1個だけ搭載する「単板式」です。単板式はRGBの3色の情報の生成に補完の工程が含まれるのに対し、3板式ではRGBを補完なしに取得できるため、偽色が少なく正確な色再現性が可能とされています。詳しくはWikipedia「CCDイメージセンサ#CCDイメージセンサによるカラー撮像」などをご覧ください。3板式はレンズ一体型且つスモールセンサーのビデオカメラだから可能で、同じことをラージセンサーのカメラで実現しようとすると、本体が巨大になってしまいます。
上で挙げたNV-GS400Kは3CCDでしたが、それを理由に選んだわけではなく、上記のとおりフレームレート30Pで撮れるという点で選びました。実際に使っていたときも、3CCDが優秀かどうかは、あまり意識しませんでした。その点に関してはもっとテストしてみればよかったと思いますが、少なくとも、初めてハイビジョンカメラを試したときのような、明らかに従来と違うという印象はなかったように思います。
GS400Kは有効センサーサイズ1/5.6型の3CCDでしたが、1/3型の1CCDに比べて感度面では不利なのでしょうか、それともそれを上回る利点があるのでしょうか。そのあたりについても試したり調べたりしたことはなく、よくわかりません。
オーディオの世界では、デジタル記録のCDが登場してからも、愛好家のあいだでLPレコードに根強い人気があり、最近は一般の人も再度興味を持つようになっています。カセットテープも人気が再燃しているそうです(特選街の記事)。しかし、ビデオの世界では、民生用でデジタル化の先駆けとなったDV規格の登場直後から現在に至るまで、VHSやベータマックス、8ミリビデオに関して、そういった傾向を聞きません。
考えられる理由の一つは、対立構造の違いです。オーディオでは「アナログ」と「デジタル」ですが、動画の世界では、ビデオにおけるアナログとデジタルの以前に、「電気信号」(テレビ、ビデオ)と「フィルム」(映画)の二項対立が存在していました。アナログ記録であろうがデジタル記録であろうが、光を電気信号に変換して記録するという点では同じで、それに対してまったく異なる仕組みの、フィルムを使った光学式記録が極めて高いクオリティで活躍していました。
もう一つの理由は、クオリティです。レコードやカセットテープは、収録可能な周波数に関して、現実での比較はさておき少なくとも理論上では、デジタルのCDにも劣らない部分があるとされています。CDよりコストがかかるにせよ、機材と環境によってハイエンドの高音質を実現できます。一方、ビデオの世界は、VHS・ベータ・8ミリビデオ・レーザーディスク、その他業務用・放送用のフォーマットを含め、アナログであっても、垂直方向については走査線の数という点で一種の明確な数値化がされています。「フィルムで実現できる画質」を評価基準に置いた場合、有効走査線数が約480本程度のビデオはまったく比較対照にはなりませんでした。ごく例外的に、アナログハイビジョン放送や、アナログハイビジョンのコンポーネント信号を記録できるW-VHSがありましたが、普及には至っていません。そのため、アナログビデオといえば基本的には標準画質が限界であり、熱中する人を生み出しにくいのかもしれません。
例外的なケースとして、DVDの登場時には、愛好家のあいだではアナログのレーザーディスク(LD)のほうを好む方々がいました。LDは、アナログ標準画質のコンポジット信号をベースバンド(無圧縮)のまま収録可能で、デジタル化して強めの圧縮をかけるDVDよりも画質面で有利な点がいくつか存在していました。ただしそれは標準画質同士の比較でのことであって、ハイビジョンのBlu-rayの映画ソフトが普及してからは、比較の土俵にあげられることはなくなりました。
オーディオ分野でのレコードの復権は、現在では一部の愛好家だけではなく、もっと幅広い層にカジュアルな形で浸透していますが、それはこれまでずっと、レコードがCDに押されて衰退していた時期もハイエンドを求める人や愛好家による需要が細々とでも持ち堪えていたからこそ起きる現象だと思います。ビデオ分野では、ハイエンド需要・愛好家需要という点でVHSなどアナログビデオを支える人たちはいません。少なくともクオリティという点では、アナログビデオが再評価される機運はおそらく起きないと思います。
アナログの再評価ではなく、SD画質への郷愁や、特定のジャンルが敢えて古い機種を使い続けるという文化は存在するようです。この記事を書く過程で調べていて知りましたが、ビクターのDVビデオカメラで今の新宿を撮影した映像が「エモい」と話題になっていたり(ねとらぼの記事「古いデジタルビデオカメラで今の新宿を撮影した映像に反響」)、ソニーのDVビデオカメラ1号機で長らくフラッグシップとして民生用から業務用まで八面六臂の活躍をしたDCR-VX1000は、今でもスケートボードの世界では愛用する人がいるそうです(リアルサウンドの記事「スケートボード文化を変えたビデオカメラ「Sony DCR-VX1000」 発売から26年経った今でも愛され続ける理由とは?」)。
次回は、2006年から2011年頃、HDVとAVCHDのビデオカメラを使っていた時期を取り上げる予定です。
DVビデオカメラ登場の1995年時点では動画を扱うには性能不足だったパソコンも、2000年代前半になると、SD画質のDVビデオカメラの動画であればスムーズに編集できるものが増えてきます。私がサイトを始めた2005年頃には既に、個人での動画制作はパソコン抜きでは考えられない状況になっていました。また、地デジの開始によりハイビジョンテレビの普及も始まります。2003年にはHDV規格、2006年にはAVCHD規格が登場し、ようやく民生用ビデオカメラも、より高解像度へ、よりパソコンを考慮に入れたものへと、変化していくことになります。
もし、ご自分も以前にビデオカメラを使っていて、この記事のような懐古的あるいは技術的な内容に関心があるという方がおられましたら、是非、メール等でご使用の経験談をお寄せいただければと思います。特に、DV時代以前の8ミリビデオ・Hi8ビデオや、さらにそれ以前の8ミリフィルム時代に撮影経験がある方のお話が伺えるなら、大変参考になります。
【2月11日追記】第2回を掲載しました。